コウメイぶろぐっ!

頭わるいこと言います

東京大空襲起これ

この記事を書くにあたり間違ったことは書けないという思いがあり「東京大」まで検索バーに入れたところで候補が「東京大学」一色となり、死にました。

 

自分の想像できない世界に生きている人間が全員妬ましくて仕方ないという思いは誰にでもあると思います。

東京大学の学生、大学生から社長、若くして運動や音楽で大成功・・・

まぁそういうのは努力の結果なのでどうでもいいんですけどどうでもよくないのは

 

自分に酔ってる都会人

 

ですね。本当に大嫌いです。

今日もね、見たんですよ。洋服のブランド店から何も買わずにでてくる20歳くらいの女を。その女は高そうなコートのボタンを全開にして小さいバッグを肩にかけて三日月の大きなピアスをつけてポケットに手を突っ込んで本通りを歩いていました。

 

じゃあさ

 

東京大空襲起こってもかっこつけれるの

 

焼夷弾に町が焼き払われている中でかっこつけてコートのボタン全開にしてポケットに手突っ込んで歩くヒーローは現代にはいないと思うけどそれができたらかっこいいよね。

 

何が言いたいってさ、生の危険とまではいかないけど日常のどぶ臭さ、生物の本能的な生、そういったものから私解き放たれてますよみたいな存在を許すことができないんですよ。

 

東京大空襲から70余年、どぶ臭さの中で生きてきた人間の中でどぶ臭さを見下し自分だけはかっこいいと思っているやつは何様だ。かっこいいはそんなに大事か、世俗と画一されることはそんなに偉いか。

 

東京大空襲が起こってもかっこつけられたら認めてやる。お前はかっこいい、着飾ってもない風潮でもない本物のかっこいいだと認めてやる。

しかしひとたび東京大空襲が起これば人は逃げ惑う、走りにくい高いヒールを脱ぎ捨てて何も入らないバッグは置き去りに、寒さをしのぐためにコートを閉めて泥を、どぶの中を死に物狂いで走るんだ。

その時初めて人は実感する、どぶ臭さの中で生きていたと。どぶ臭さに支えられどぶ臭さに生かされ、どぶ臭さの一員でしかなかったと初めて自覚する。

 

そんな我々がなぜ世俗を見下すことができる、なぜ世俗から一線を画すことができる、どういった大義名分があってそのジャケットに袖を通さずに羽織って着ているんだ。

 

俺は許さない、生から解き放たれていると主張する人間たちは絶対に許さない。生の監獄の中に囚われている癖にかっこつけようとするやつはみんな焼夷弾に焼かれてしまえ。